ICCEES参加記 半田幸子 東北大学大学院


 

  今から5年前の2010年、大学院に入って2年目の秋口のことであった。当時筆者は、まだ修士論文も書き終えていないどころか、博士課程に進学するかどうかも決めきれていなかった。確か、当時、研究科の副指導教官である佐藤雪野先生のチェコ語のクラスのティーチングアシスタント(TA)をさせて頂いており、授業が終わったあと、研究科に戻る道すがら、ICCEES(International Council for Central and East European Studies、イクシーズ)のスウェーデン大会のお話を伺ったように記憶している。ICCEESの存在を初めて知ったときであった。聞けば、ICCEESは5年に一度開かれる国際会議であり、5年後の大会は日本の幕張で行われるとのことであった。

佐藤先生には、当時から現在に至るまで、中欧東欧地域を研究対象とする仙台在住の若手研究者が集う研究会、仙台中・東欧研究会(広くユーラシア地域と捉え、現在ではロシア研究の学生も参加している)でもお世話になっている。その研究会でも、ICCEESについての話が話題に上った。既にそのときに、2015年の幕張大会では、研究会のメンバーでセッションを一つ設けられれば、という話が出ていた。先述のように、2010年の時点では、筆者自身は、修士課程に在籍し、進学するかどうか決めかねていた。5年後まで研究を続けているのかどうかさえ分かっていなかったのである。とはいえ、ICCEESの話を聞きながら、そのころには研究発表ができるようになっていたいと、ひそかに思っていた。だが、当時はまだ一度も学会の場で研究発表をしたこともなければ、それ以前に、研究の右も左も分かっていないという状況であり、遠い未来の夢物語のように感じていた。

 話が具体的になり、現実味を帯びてきたのが、2013年の終わりから2014年の初めころにかけてだった。2013年の11月21日に参加登録の受付が開始され、佐藤先生との話が具体化し始めたのは、その直後のことだった。修士課程の後半になってようやく進学を決心し、進学の年(2011年)に起きた震災を経て、気づけば博士課程の3年目が終わろうとしていた。筆者自身の研究は理想的に進んでいるとは言い難いが、研究発表の数だけは一定の数をこなし、発表の経験は少しだが積んではいた。

 最初にメンバーで打ち合わせを始めたのは、ICCEESの登録期間終了より少し前、翌年2014年の春だった。誰が発表をし、誰が司会をするか、また討論者はどうするか、他の国籍の参加者はどうするかなどについて話し合った。一つのセッションの司会者・発表者・討論者すべての国籍が単一であってはならないというルールが設けられているからだ。

佐藤先生以外は、博士号を持つ他研究科出身の若手研究者である先輩方と博士課程在籍中の筆者だったため、発表レベルのバランスを考え、先生に司会をして頂くことになった。討論者については、先生の研究者仲間の先生方のどなたか、テーマに相応しい方をチェコまたはドイツから招待する方向で決まった。そのうえで、発表者3人に共通のテーマを考えた。幸いにして、ハプスブルク帝国領である中央ヨーロッパがそれぞれの専門に共通するところであり、時代は、それぞれが少しずつ重なっていた。テーマの共通項を考えた結果、「ナショナリズム」が浮かび上がってきた。それぞれの専門と少しずつ重なりながら、かつ共通のテーマとして有機的な発表ができるのではないかということで一致した。こうして一回目の打ち合わせは、大まかなテーマを決めるところまで進んだ。

その後、各自、登録および要旨を作成する作業に移った。要旨作成作業が完了する前後に二度目の打ち合わせをしたように記憶している。そうこうしているうちに、佐藤先生が討論者としてお願いしていたチェコ科学アカデミー歴史学研究所のエミル・ヴォラーチェック(Emil Voráček)先生からご快諾頂いた。出だしは思いのほか、順調だったように思う。ただし、ICCEESのHPを確認したときに、学生の筆者にとって衝撃的だったのは、その参加費が高いことであった。学生であれば、早めに申し込めば15000円。確かに、5年に1回であることから、学会費5年分と考えれば、年3000円。むしろ安いぐらいであるが、それでも収入の極端に少ない学生にとって、一括で15000円は高額の出費である。HPを見たときには衝撃を覚え、少し躊躇した。もっとも、発表せずに聞きに行くだけで15000円を払うとしたら、もっと高い。ここは、やはり発表するのが最善の選択だろうと考えていた。

お金を払って頑張って発表しようと心に決めてからしばらく経った7月の中旬、スラヴ学研究会からメールが届いた。なんと発表参加者には、参加費を援助する可能性があるというではないか。とても幸運に思えた。迷わず申請した。そういうわけで、企画から参加登録までは、実にスムーズに月日が流れていったのである。ただし、不安はあった。発表会場は、幕張だと聞いていた。幕張と言われて真っ先に浮かぶのが幕張メッセである。幕張という地名を聞いただけでも、規模の大きさが大体予想される。ましてや、国際学会で、英語での発表だ。大学院の年数だけは重ねていたが、研究に関してはいまだ自信を持てない筆者にとって、大きな挑戦である。しかし、スラヴ学研究会に援助して頂けることも確定した後は、どんなことがあっても逃げることは不可能となっていた。

 ここでICCEESの詳細について少し触れたい。参加された方はご存知であろうし、HPをご覧いただければ、詳しい情報を得られることであろう。ICCEESは2015年8月3日から8日までの6日間にわたって開催された。国内の人文系の学会では、長くても2日間というのが多いのではないだろうか。6日間にわたる学会では、参加申込者が1200人を超え、参加者の国籍では50ヵ国に上ったとのことである(ICCEES公式Facebookより)。また、千葉市と連携してすでに5年前から準備が進められ、大企業のスポンサーも多数。このような大規模の学会での発表となると、足のすくむ思いがした。初日は、日韓露の元首相クラスによるシンポジウムがオープニング行事として盛大に開催された。報道関係の取材もあり、スリリングな質疑応答も目にすることができた。その夜には、オープニングパーティーが開かれた。以前、スラヴ学研究会の大会発表で知り合った、遠方に住む学生仲間とも再会することができ、初日は学生同士の交流から新たな知り合いもできた。

2日目から4日目までは、朝9時半に第1セッションがスタートし、午前にセッション二つ、そして昼食休憩をはさんで、午後にもセッション二つを行い、18時に第4セッションが終了するという濃密なスケジュールだった。各セッションの時間帯には、20弱から30近い発表が同時に行われた。移動の時間を考慮に入れると、あらかじめ冊子を確認し、どの発表を聞くか決めておくのが得策だろうと考えたが、なにしろ数が多くて、選ぶにもひと苦労だった。聴講する発表を選ぶ作業は、まるで学部時代の新学期にどの授業を取ろうかと悩んでいたころのような、ワクワク感を覚えるものとなった。

さて、問題は発表内容である。発表テーマは、博論に向けた研究とは接点は持ちながらも、かぶってはいない。博論の準備を一旦横におき、修士課程の頃に少し調べていた内容と前年に東北史学会で発表した内容を発展させて構成を考えた。テーマは「Women’s Views on Other Nations: Czech Fashion Magazines between the Wars」。目標とするところは、チェコの戦間期においては、大衆文化であり生活に密着したモード雑誌(ファッション雑誌と言ってもよい)のなかにおいても、他民族を意識したり、あるいは自民族の民族性を意識したりするなど、そこかしこに民族意識が強烈に表れうる、といった一種日常の中の民族意識の存在を明らかにすることであった。

準備段階では、留学生によるネイティブチェックを何度も受けた。もちろん、プロのネイティブチェックを受けるべきであったとは思うが、貧乏学生には仲間の力を借りるしかなかった。結果的には、友人である留学生と何度もやりとりすることによって、内容に関しても一人で自問するより議論が深まったように思う。

実際の発表の出来についての自己評価はここでは避けたい。内容自体はまだまだ不十分だったと悔やまれるが、発表してよかったと感じるのは、普段接する機会のない、チェコ人の歴史家の先生や遠方に住む専門家の先生から貴重なアドバイスを頂くことができたことである。国内の先生であれば、スラヴ学研究会でもコメントを頂くことができる機会は多いとは思うが、必ずしも参加されるとは限らない。国際学会という大きな舞台だからこそ、これまでお会いする機会のなかった先生方からもコメントを頂くことができたのだろう。

さらに、ICCEESという国際的な研究発表の場で発表することの意義は、普段お目にかかることのない海外の研究者や他分野の先生方、あるいは遠方で普段お会いする機会のない先生方、そして遠くで自分と同じようにもがき苦しむ博士課程の学生や若手研究者との交流にあるだろう。オープニングパーティーや昼食の際に交流することによって、さまざまな情報を得たり、それぞれの専門分野について話を聞いたり、ときには議論をしたりといった、心地よい知的な刺激を受けられる交流の場となった。普段は、中欧や東欧を専門とする研究者が周囲にそれほどいないため、交流する機会が少ない。こうした大きな場に出ていくことによって、専門分野における自らの関心や視野を広げることができるのだと、改めて実感した。そして、またこのような機会があれば、参加したい、今後もっと頑張ろうという大きな意欲が沸いたのも、参加できたおかげだと感じている。まだまだ未熟ではあるが、発表者として参加することができ、研究内容についての議論はもとより、研究に対する動機付けとしても、大変充実した意義のある一週間であった。

最後に、このような貴重な機会を与えてくださり、参加を促してくださった佐藤雪野先生、仲間として受け入れてくださった先輩方、そして経済的な側面から背中を押してくださったスラヴ学研究会の諸先生方に、心より深く感謝申し上げます。