第 9 回国際中欧・東欧研究協議会 ICCEES

(2015 年 8 月 3–8 日)参加記

ICCEES(イクシーズ)とは?

 中欧・東欧研究国際協議会 (International Council for Central and East European Studies) の略称。1974 年にカナダにて第 1 回国際大会が開催された。1980 年の第 2 回大会以降、5 年に 1 度国際大会を定期開催している。

 設立から 1990 年までは「ソヴィエト・東欧研究国際協議会 International Council for Soviet and East European Studies」と称していた。その後の共産圏の体制転換に伴い、第 4 回イギリス大会より現在の名称を名乗り、現在にいたる。

 第 9 回 ICCEES 国際大会は、創設以来初めてのアジア開催であった。幕張メッセおよび神田外国語大学で開催された第 9 回大会には、日本スラヴ学研究会会員も多数参加した。本ページではうち 4 名(笹原健、菅井健太、半田幸子、岡野要)の参加記を掲載している(肩書はいずれも当時のもの)。


参加記① 笹原健(麗澤大学・成城大学非常勤講師)

 

  2015 年 8 月 3 日から 8 日まで,幕張メッセならびに神田外語大学にて,The IX World Congress of ICCEES in Makuhari, Japan(第 9 回国際中欧東欧研究協議会幕張世界大会)が開催された。筆者は国際学会への参加は何度かあるものの,これほど大規模な大会に参加するのは初めてであった。なにもかもが新鮮に感じられた。もちろん,海外から多数の参加者がきているので,公用語は英語だ。会期中はきわめて暑い日が続いており,さぞ海外から来た参加者たちは大変だったろうと思っていたのだが,存外涼しげな顔をして参加していたのが印象に残った。

 その暑いなか,筆者は Session II のパネルにおいて研究発表をおこない,Session IV のパネルでは Chair を務めた。筆者は,出講先の業務が重なっていたことと,ドイツでのソルブ語調査の出発が目前だったことで,会期中のすべての日に参加することはかなわなかった。その限られた期間であっても,十分に充実した時間を過ごすことができた。

 

 以下では,筆者が直接かかわっていたセッションを中心に,ICCEES 見聞記を記す。

 8 月 5 日(水),Session II のパネル Issues of Language Contact and Linguistic Change において “The Constituent Order in Upper Sorbian – a Frequency Approach” という題目で発表をおこなった。この概略は以下の通りである。

 

 上ソルブ語の文要素間の語順は文法的には規定されていない。ところが,高頻度で現れるパターンがある。より高頻度で現れる形式は,より自然であるという考えがある。この考えをもとに,この発表では主格名詞句,与格名詞句,対格名詞句の 3 つについて,自身が収集した音声資料コーパスからその相対的な語順の分布を示し,その背後にはたらいている原理を探った。便宜上,現れている名詞項が 2 つの場合と 3 つの場合にわけ,記述をおこなっている。現れている名詞項が2つの場合,可能な組み合わせは (a)主格と対格,(b) 主格と与格,(c) 与格と対格の3通りである。このとき,相対的な語順の頻度から,(1) 主格>対格,(2) 主格>与格,(3) 与格>対格という階層がみられる(>は左項が右項に先行することを表す)。現れている名詞項が 3 つの場合,(4) 主格>与格>対格という相対的語順が支配的である。この支配的語順が実現していない場合は,(5) 再帰代名詞>人称代名詞>名詞という品詞による階層に従っているように思われる。むろん,以上のような統語的な要因だけでは説明ができず,情報構造など語用論的要因からも考察をしていかなければならないことを指摘した。

 

 聴衆の数はそれほど多くはなかったものの,質疑応答では示唆に富むコメントが得られた。この口頭発表の内容を論文としてまとめ,本会会誌に投稿すべく準備をしているところである。

このセッションでは,Natalia Ringblom 氏が “Russian as a Weaker Language in the Narratives of Bilingual Children” という題目で発表をおこなった。格に乏しい北欧言語圏において,ロシア語との二言語話者である子どもがどのように格標示をするのか,そして格の体系を習得していくのか,興味深い報告と考察がなされた。パネルのタイトル  Issues of Language Contact and Linguistic Change は言い得て妙だと感心した。

 

 その 2 日後の 8 月 7 日(金),筆者は Session IV のパネル Grammatical and Contextual Analysis of Russian and Other Languages で司会 (Chair) を務めた。この Session の最初の発表は Daiki Horiguchi 氏による “‘Prefixal Clip’ as Actualization of Prefixes in Text” であった。ロシア語動詞の接頭辞に関して,Prefixal Clip という観点からの記述がなされた。続く Irina Thomieres 氏による “Syntactic and Semantic Features of Events in Russian” は,ロシア語文における行為タイプを統語的ならびに意味的観点から簡潔にまとめ上げた。3 番目の報告として予定されていた,Maia Advadze 氏による “Function of Particles in Russian, English, German and Georgian Discourse” は都合によりキャンセルとなった。筆者も個人的に聞きたかった発表だったので,残念であった。

 司会を仰せつかったものの,なかなか準備ができず進行役兼タイムキーパーに終止せざるを得なかったのが心残りである。筆者とは対照的に,討論者 (Discussant) を務めた岡野要氏,菅井健太氏は周到な準備をしていたため,充実した討論となり,無事成功を収めることができた。この場を借りて両氏にお礼を申しあげる。

 

 さて,この大会はいかにも 21 世紀の国際学会だと思われる点もあった。それは,大会開催前から開催中,そして開催後も Facebook ページ(https://www.facebook.com/iccees2015/)で広報活動を繰り広げていたことである。またマイクロブログ Twitter でも公式アカウントを取得し,上記 Facebook ページへと誘導していた。会期中のハイライトは,英文による日報 The ICCEES Makuhari Times である。連日,その日にあった出来事を写真つきで報告している。最終日の報告によれば,レジストレーションを行った参加者は 50 ヶ国から 1209 人にものぼったそうである(https://www.facebook.com/iccees2015/posts/952569741433041)。このような SNS を用いた広報活動は,今後の国際学会でのトレンドとなるだろう。

 筆者にとって本大会は,スラブ研究の幅広さ,奥深さに圧倒された期間であった。スラブ世界の西のへりにあるごく小さな地域の言語であるソルブ語研究に従事している者にとっては,まったく未知の大海原であった。その一方で,このとてつもない広い領域に多少なりとも貢献できるということに,誇らしささえ感じた。そして,今後もソルブ語研究を頑張っていく決意を新たにすることができた。

 

 最後に,筆者の見知っている方々の多くが大会運営に携わり,会場内を駆け回っていた。準備期間を含めれば,相当の期間を開催準備に費やしていたはずである。大きな学会の大会であれば,大なり小なりのトラブルはつきものである。しかし,筆者の目に入る範囲では,それほど大きなトラブルはなかったように思われた。彼らの労なくしては,大会を成功させることはできなかったにちがいない。研究者ボランティアの方々,学生ボランティアの方々もまたしかりである。彼らに心からの敬意を表したい。

 


参加記② 菅井健太(東京外国語大学大学院 /ソフィア大学 “聖クリメント・オフリツキ”)

 

 日本スラヴ学研究会からご支援いただき、2015 年 8 月 3 日から 8 月 8 日にかけて幕張で開催された ICCEES の第 9 回世界大会に参加した。

 

 この大会に参加するきっかけは、ICCEES の大会が初めて日本で開催されるということで、一年以上前から様々な学会で紹介されており、これらを通して得た情報から漠然と関心を持ったためである。関心は持ったが、ちょうど開催される時期には国外で留学している予定であったため、実際に参加することをすぐに決めたわけではなかった。しかし、世界中から多くの研究者が集まって日本で開かれる大きな規模の国際会議は滅多にない機会であるということで、参加を検討することにした。少し調べてみると、参加形態としてパネルセッションがあり、共通のテーマで複数の研究発表を行い、そのあとで討論者を交えてディスカッションを行うということであった。今まで、個人研究発表の機会はあっても、このような形式での研究発表の経験がほとんどなかった。それに加え、多かれ少なかれ近いテーマに取り組んでいる日本国内外の研究者の方々と一緒にパネルを組んで議論できれば、学術的な点でも、また研究交流の点でも有益となるであろうと考えた。そして、同じ南スラヴ語を研究している方々と声を掛け合い、参加をすることに決めた。

 

 パネルは、„Exploring Various Aspects on Studies of South Slavic Verbs“ というテーマの下で、それぞれの研究発表を行うことにした。参加申請に際しては、研究発表を行うパネリストの 4 人が顔合わせをしたり、討論者と司会の先生方が決まった後もメールなどを通して綿密に連絡を取り合い、一年近く断続的に準備を進めた。

 大会の日時が迫ってくると、公式ホームページ上で、全体のプログラムが発表された。それを開いてみると、まずプログラムに掲載されたパネルやラウンドテーブルのセッションの多さにとても驚いたのを覚えている。この ICCEES の大会の規模がかなり大きなものであることはすでに知っていたし、大会日程はまるまる一週間となっていることからもある程度は想像しいたものの、その想像をはるかに超える規模であることがはっきりわかった。実際、プログラムが正確に何ページにわたっていたのかはよく覚えていないが、一通りプログラムに目を通すということがそう簡単にはできないほどのものであった。自分が参加するパネルを探したときに、パーッと見ているだけで見つけることはできず、オンラインプログラムではパソコンの検索機能を、後にいただいた冊子上のプログラムでは巻末索引にお世話になった。それでも、自分のパネル以外にも、関心のある研究発表やパネル・ラウンドテーブルなどがあるかもしれないので、時間のある時に少しずつ目を通してみた。そうすることで、この大会が取り扱う研究分野がいかに広範囲であり、またいかに多種多様な国々から研究者が集まるものなのかが改めてうかがい知ることができた。

 

 さて、私たちのパネルは、8 月 6 日(木)に予定されているということがわかった。これに備えて、大会の数日前には留学先から一時帰国をし、すでに準備していた発表原稿のほかにプレゼンテーション資料の作成を行いながら、当日に向けて最終的な準備を進めた。日本に戻ると、留学先とは異なったその蒸し暑さに悩まされた。8 月 6 日当日に会場に向かったのはまだ昼前の時間であったが、すでに太陽が強く照りつけるていた。海浜幕張駅から会場の神田外語大学まで徒歩で向かったが、会場に到着するまでにすっかり汗だくになってしまった。ちゃんと事前に調べなかったのだが、無料送迎バスも運行していたのことだったので、それを利用すべきであったとあとで悔やんだことを思い出す。

 会場に到着すると、会場入り口の受付付近には事務を担当している方々に加え、多くのボランティアの方々が、資料の配布や英語・ロシア語などでの案内を行っていた。飲料水のペットボトルも自由に持っていけるようになっていた。すっかり汗だくでのどの渇きもピークに達していた私はありがたくそのペットボトルを一本いただいた。その後、発表の前後に、会場内や休憩所を歩き回っていると、実に様々な言語が聞かれた。それだけ多くの海外の研究者の方が集まってきているということである。会場のいたるところで、海外の研究者の案内をするために ICCEES の幕張大会の Tシャツを着た人々が忙しそうに動き回っていた。その中には、知り合いの大学院の同僚たちの姿も多く見かけたほか、詳しくはわからないが、地元の千葉県の一般市民のボランティアの方もいたように見受けられた。日本の学会関連の方々や研究者たちだけではなく、地元自治体なども、大会にあわせて来日した海外の研究した方々をおもてなししようと取り組んでいるようであった。

 

 私がパネリストとして参加したパネルのセッションは、比較的小さな教室で、数名のオーディエンスの方々も加えて行われ、無事に終えることができた。討論を担当してくださった先生をはじめ、ありがたいことに、会場にいたオーディエンスの方々も積極的に質疑応答などを通して積極的に参加してくださり、発表後の討論は非常に充実したものとなった。パネル終了のあとには、パネルに参加した発表者や先生のほか、その場にいた海外のオーディエンスの方も加わり、会場内のレストランで昼食を共にした。まったく初めて会った方々であったが、自然の流れでそのような交流ができたことは、純粋に楽しかったし、そのような形で生まれたつながりもとても有意義であった。

 私は今回、このパネル以外にももう一つパネルにかかわらせていただいた。それは、自身が発表者として参加したパネルの翌日の 8 月 7 日(金)に行われた „Grammatical and Contextual Analysis of Russian and Other Languages“ である。こちらは討論者としての参加であった。当初は予定になかったが、大会の開催の一ヶ月ほど前になって、オーガナイザーの方から依頼を受け、一緒に南スラヴ語のパネルに参加した同僚の院生と共同で担当するということで、討論者を引き受けることになった。自身の研究発表の準備の傍ら、パネリストの方が準備された事前原稿に目を通して準備を行った。討論者をしたことがなかったので、自分でつとまるかどうか不安もあったが、こちらも無事に終えることができた。研究発表に対するコメントを外国語でするような機会はめったとなく、私自身にとっては非常にいい経験と勉強になった。

 直接かかわらせていただいたパネル以外にも、関心に応じて、他の様々なパネル・ラウンドテーブルなどもオーディエンスとして参加した。今大会がカバーする分野が広範囲であることから、自分の関心にあわせていろいろと顔を出してみた。ロシア語教育に関するラウンドテーブルや言語風景やウクライナ情勢に関するパネルなどをまわった。今まで知らなかったような研究や分野を知ることができたり、また最新の研究動向を知るのにも役に立った。

 

 

 国外で開催される国際会議と異なり、今大会は日本開催であり、多くの日本人研究者が参加し関わっていることから、“インターナショナル” な雰囲気のなかにも、“日本” 的な部分を多く感じる会議であった。日本開催ということと、多くの日本人研究者が参加したのだから、それは当然ではあるのだが。私が今まで参加した国際会議では、私が対象としている分野を研究している方があまり日本にいないということも関係しているのであろうが、日本勢、しいてはアジア勢は常にマイナーであり、その会議全体で私一人しかいないようなことは珍しくなかった。しかし、ICCEES の幕張大会は、たくさんの海外の研究者と日本の研究者が参加し、互いに研究交流が行われていたという点において、まさに „many wests meet many easts“ という標語通りのものであったのではないかと感じる。

 


 参加記③ 半田幸子(東北大学大学院)

 

 今から 5 年前の 2010 年、大学院に入って 2 年目の秋口のことであった。当時筆者は、まだ修士論文も書き終えていないどころか、博士課程に進学するかどうかも決めきれていなかった。確か、当時、研究科の副指導教官である佐藤雪野先生のチェコ語のクラスのティーチングアシスタント(TA) をさせて頂いており、授業が終わったあと、研究科に戻る道すがら、ICCEES(International Council for Central and East European Studies、イクシーズ)のスウェーデン大会のお話を伺ったように記憶している。ICCEESの存在を初めて知ったときであった。聞けば、ICCEES は 5 年に一度開かれる国際会議であり、5 年後の大会は日本の幕張で行われるとのことであった。

 佐藤先生には、当時から現在に至るまで、中欧東欧地域を研究対象とする仙台在住の若手研究者が集う研究会、仙台中・東欧研究会(広くユーラシア地域と捉え、現在ではロシア研究の学生も参加している)でもお世話になっている。その研究会でも、ICCEES についての話が話題に上った。既にそのときに、2015 年の幕張大会では、研究会のメンバーでセッションを一つ設けられれば、という話が出ていた。先述のように、2010 年の時点では、筆者自身は、修士課程に在籍し、進学するかどうか決めかねていた。5 年後まで研究を続けているのかどうかさえ分かっていなかったのである。とはいえ、ICCEES の話を聞きながら、そのころには研究発表ができるようになっていたいと、ひそかに思っていた。だが、当時はまだ一度も学会の場で研究発表をしたこともなければ、それ以前に、研究の右も左も分かっていないという状況であり、遠い未来の夢物語のように感じていた。

 

 話が具体的になり、現実味を帯びてきたのが、2013 年の終わりから 2014 年の初めころにかけてだった。2013 年の 11 月 21 日に参加登録の受付が開始され、佐藤先生との話が具体化し始めたのは、その直後のことだった。修士課程の後半になってようやく進学を決心し、進学の年(2011 年)に起きた震災を経て、気づけば博士課程の3年目が終わろうとしていた。筆者自身の研究は理想的に進んでいるとは言い難いが、研究発表の数だけは一定の数をこなし、発表の経験は少しだが積んではいた。

 最初にメンバーで打ち合わせを始めたのは、ICCEES の登録期間終了より少し前、翌年 2014 年の春だった。誰が発表をし、誰が司会をするか、また討論者はどうするか、他の国籍の参加者はどうするかなどについて話し合った。一つのセッションの司会者・発表者・討論者すべての国籍が単一であってはならないというルールが設けられているからだ。

 佐藤先生以外は、博士号を持つ他研究科出身の若手研究者である先輩方と博士課程在籍中の筆者だったため、発表レベルのバランスを考え、先生に司会をして頂くことになった。討論者については、先生の研究者仲間の先生方のどなたか、テーマに相応しい方をチェコまたはドイツから招待する方向で決まった。そのうえで、発表者 3 人に共通のテーマを考えた。幸いにして、ハプスブルク帝国領である中央ヨーロッパがそれぞれの専門に共通するところであり、時代は、それぞれが少しずつ重なっていた。テーマの共通項を考えた結果、「ナショナリズム」が浮かび上がってきた。それぞれの専門と少しずつ重なりながら、かつ共通のテーマとして有機的な発表ができるのではないかということで一致した。こうして一回目の打ち合わせは、大まかなテーマを決めるところまで進んだ。

 

 その後、各自、登録および要旨を作成する作業に移った。要旨作成作業が完了する前後に二度目の打ち合わせをしたように記憶している。そうこうしているうちに、佐藤先生が討論者としてお願いしていたチェコ科学アカデミー歴史学研究所のエミル・ヴォラーチェック (Emil Voráček) 先生からご快諾頂いた。出だしは思いのほか、順調だったように思う。ただし、ICCEES の HP を確認したときに、学生の筆者にとって衝撃的だったのは、その参加費が高いことであった。学生であれば、早めに申し込めば 15000 円。確かに、5 年 に 1 回であることから、学会費 5 年分と考えれば、年 3000円。むしろ安いぐらいであるが、それでも収入の極端に少ない学生にとって、一括で 15000 円は高額の出費である。HP を見たときには衝撃を覚え、少し躊躇した。もっとも、発表せずに聞きに行くだけで 15000 円を払うとしたら、もっと高い。ここは、やはり発表するのが最善の選択だろうと考えていた。

 お金を払って頑張って発表しようと心に決めてからしばらく経った 7 月の中旬、スラヴ学研究会からメールが届いた。なんと発表参加者には、参加費を援助する可能性があるというではないか。とても幸運に思えた。迷わず申請した。そういうわけで、企画から参加登録までは、実にスムーズに月日が流れていったのである。ただし、不安はあった。発表会場は、幕張だと聞いていた。幕張と言われて真っ先に浮かぶのが幕張メッセである。幕張という地名を聞いただけでも、規模の大きさが大体予想される。ましてや、国際学会で、英語での発表だ。大学院の年数だけは重ねていたが、研究に関してはいまだ自信を持てない筆者にとって、大きな挑戦である。しかし、スラヴ学研究会に援助して頂けることも確定した後は、どんなことがあっても逃げることは不可能となっていた。

 

 ここで ICCEES の詳細について少し触れたい。参加された方はご存知であろうし、HP をご覧いただければ、詳しい情報を得られることであろう。ICCEES は 2015 年 8 月 3 日から 8 日までの 6 日間にわたって開催された。国内の人文系の学会では、長くても 2 日間というのが多いのではないだろうか。6 日間にわたる学会では、参加申込者が 1200 人を超え、参加者の国籍では50ヵ国に上ったとのことである(ICCEES公式Facebookより)。また、千葉市と連携してすでに 5 年前から準備が進められ、大企業のスポンサーも多数。このような大規模の学会での発表となると、足のすくむ思いがした。初日は、日韓露の元首相クラスによるシンポジウムがオープニング行事として盛大に開催された。報道関係の取材もあり、スリリングな質疑応答も目にすることができた。その夜には、オープニングパーティーが開かれた。以前、スラヴ学研究会の大会発表で知り合った、遠方に住む学生仲間とも再会することができ、初日は学生同士の交流から新たな知り合いもできた。

 2 日目から 4 日目までは、朝 9 時半に第 1 セッションがスタートし、午前にセッション二つ、そして昼食休憩をはさんで、午後にもセッション二つを行い、18 時に第 4 セッションが終了するという濃密なスケジュールだった。各セッションの時間帯には、20 弱から 30 近い発表が同時に行われた。移動の時間を考慮に入れると、あらかじめ冊子を確認し、どの発表を聞くか決めておくのが得策だろうと考えたが、なにしろ数が多くて、選ぶにもひと苦労だった。聴講する発表を選ぶ作業は、まるで学部時代の新学期にどの授業を取ろうかと悩んでいたころのような、ワクワク感を覚えるものとなった。

 

 さて、問題は発表内容である。発表テーマは、博論に向けた研究とは接点は持ちながらも、かぶってはいない。博論の準備を一旦横におき、修士課程の頃に少し調べていた内容と前年に東北史学会で発表した内容を発展させて構成を考えた。テーマは「Women’s Views on Other Nations: Czech Fashion Magazines between the Wars」。目標とするところは、チェコの戦間期においては、大衆文化であり生活に密着したモード雑誌(ファッション雑誌と言ってもよい)のなかにおいても、他民族を意識したり、あるいは自民族の民族性を意識したりするなど、そこかしこに民族意識が強烈に表れうる、といった一種日常の中の民族意識の存在を明らかにすることであった。

 準備段階では、留学生によるネイティブチェックを何度も受けた。もちろん、プロのネイティブチェックを受けるべきであったとは思うが、貧乏学生には仲間の力を借りるしかなかった。結果的には、友人である留学生と何度もやりとりすることによって、内容に関しても一人で自問するより議論が深まったように思う。

 

 実際の発表の出来についての自己評価はここでは避けたい。内容自体はまだまだ不十分だったと悔やまれるが、発表してよかったと感じるのは、普段接する機会のない、チェコ人の歴史家の先生や遠方に住む専門家の先生から貴重なアドバイスを頂くことができたことである。国内の先生であれば、スラヴ学研究会でもコメントを頂くことができる機会は多いとは思うが、必ずしも参加されるとは限らない。国際学会という大きな舞台だからこそ、これまでお会いする機会のなかった先生方からもコメントを頂くことができたのだろう。

 さらに、ICCEES という国際的な研究発表の場で発表することの意義は、普段お目にかかることのない海外の研究者や他分野の先生方、あるいは遠方で普段お会いする機会のない先生方、そして遠くで自分と同じようにもがき苦しむ博士課程の学生や若手研究者との交流にあるだろう。オープニングパーティーや昼食の際に交流することによって、さまざまな情報を得たり、それぞれの専門分野について話を聞いたり、ときには議論をしたりといった、心地よい知的な刺激を受けられる交流の場となった。普段は、中欧や東欧を専門とする研究者が周囲にそれほどいないため、交流する機会が少ない。こうした大きな場に出ていくことによって、専門分野における自らの関心や視野を広げることができるのだと、改めて実感した。そして、またこのような機会があれば、参加したい、今後もっと頑張ろうという大きな意欲が沸いたのも、参加できたおかげだと感じている。まだまだ未熟ではあるが、発表者として参加することができ、研究内容についての議論はもとより、研究に対する動機付けとしても、大変充実した意義のある一週間であった。

 最後に、このような貴重な機会を与えてくださり、参加を促してくださった佐藤雪野先生、仲間として受け入れてくださった先輩方、そして経済的な側面から背中を押してくださったスラヴ学研究会の諸先生方に、心より深く感謝申し上げます。

 


参加記④ 岡野要(京都大学大学院) 

 

 2015 年 8 月 3 日~8 日の 6 日間、幕張メッセおよび神田外語大学において第 9 回国際中欧・東欧研究協議会世界大会(以下―ICCEES)が開催された。ICCEESの世界大会は5年に一度開催され、毎回開催国が持ち回りで交代するが、9 回目となる今回の大会の開催地は日本の幕張であり、ICCEES 世界大会がアジアで開催されるのは初めてのことであった。

 ICCEES 世界大会は、3日に開会式を迎え、4 日から最終日の 8 日まで毎日セクションに分かれて世界各国から集まった東欧・中欧・ロシア・ユーラシア地域を専門とする研究者がそれぞれの研究成果の報告を行った。50を超える国から1500人を超える参加者がエントリーした、ICCEES 史上でも歴代2番目の規模という今大会に参加できたのは、駆け出しの研究者としては喜ばしい限りであった。

 企画されたパネルおよびラウンドテーブル形式のセクションは政治、経済、歴史、文化、文学、言語学をはじめとする広範な分野にわたっており、これだけ多くの分野の研究者が集まっているため、同じ時間帯に20を超えるいくつものパネルまたはラウンドテーブル形式のセクションが行われていた。そのため、各セクションが終わるたびに、次はどのセクションへ行こうか毎日悩ましかった。

 

*

 

 我々の組織したパネル “Exploring Various Perspectives on the Study of South Slavic Verbs” は大会4 日目となる 8 月 6 日の午後に行われた。このパネルでは筆者である岡野要(京都大学大学院/ノヴィ・サド大学大学院)、菅井健太氏(東京外国語大学大学院/ソフィア大学大学院)、エレオノラ四位ヨフコバ氏(富山大学)、サーニャ・ヨカ氏(東京大学大学院)の 4 人(発表順)が報告を行い、討論者は三谷惠子氏(東京大学)、チェアは堤正典氏(神奈川大学)が務めた。パネルの共通テーマは南スラヴ語の動詞研究であり、各報告者は自分の取り組む研究テーマに関する報告を行った。

 1 つ目の岡野の報告 “Verbs of Oscillation in South Slavic: A case study in lexical typology” は、ブルガリア語、マケドニア語、セルビア語、スロヴェニア語における振動を表わす動詞の意味と分布の共通点・相違点を明らかにするものであった。2 つ目の菅井氏の報告 “Clitic Doubling of Objects in the Northeastern Bulgarian Dialect in Romania” は、現在のルーマニア領内で話されているブルガリア語の北部方言における接語重複の特徴を文法化の観点から分析したものであった。3つ目の四位ヨフコバ氏の報告“Imperfectivity and evidentiality in Bulgarian”は、ブルガリア語の未完了過去-l分詞と認識的モダリティの関わりを中心に論じるものであった。4つ目のヨカ氏の報告 “Combinations of verbs and nouns in the accusative case in the Serbian language” は、セルビア語の名詞対格形を直接目的語にとる文型を名詞の意味と文型の関わりの観点から分類するというものであった。これら 4 つの報告の後は、討論者である三谷氏よりそれぞれの報告に対するコメントと質問があり、それぞれの報告者からの応答があった。続いて、報告を聞いていた聴衆からの質問に移り、報告者、討論者、聴衆の間で意見交換がなされた。聴衆には、スラヴ諸語を母語とする人、スラヴ系の言語を専門とする人、スラヴ系の他分野を専攻する人など数は少ないながらも多様なバックグラウンドを持った人が集まっていたため、様々な観点からの質問やコメントがあり、報告者それぞれにとって非常に実り多い時間となった。

 報告者が3人を超えると、通常は討論のための時間がないラウンドテーブル形式でセクションを行うことになるが、我々のグループは申込みの段階で大会事務局に無理を言って報告者が4人のパネルを組むことを許可していただいた。セクションの時間は90分と定められているため、一人ひとりの報告の時間は短くなってしまったが、質問や意見交換のための時間を取れたことはパネルに参加した全員にとって意義のあることであったと思っている。

 

*

 

 今回の第 9 回 ICCEES 世界大会への参加は、筆者にとって非常に有益で実り多いものであったと言える。これだけ大きな規模の国際会議に日本で参加できたこと、筆者の専門に近い研究者の方々と意見を交わせたこと、そして自分の専門と異なる分野の研究に従事している研究者と交流する機会を持てたことなど、6日間のなかに多くの新鮮で、刺激的な経験が凝縮されていた。また英語・その他言語での報告やパネルディスカッションの進め方など、国際会議での報告に関する技術的なこと関しても、学ぶことが多かった。すでに時間が経過し、ICCEES 参加時の新鮮な印象は薄れつつあるが、この機会に感じ、学んだことを反芻しながら、今後の研究活動に活かしていきたいと思っている。